コンパウンドスタートアップ「Rippling」の戦略をまとめてみた

前提

  • スタートアップとして従来のセオリーに反し、特定のデータを起点にマルチプロダクトからスタートをするという「コンパウンドスタートアップ」が話題
  • 「コンパウンドスタートアップ」の代表格が「Rippling」
  • 「Rippling」について調べてみると、シリーズA調達時のメモが公開されており、非常に有益だと感じたので、こちらを参考に「Ripling」の戦略について個人的な見解も含めてまとめた

Ripplingの概要

  • 不祥事により失墜したユニコーン企業「Zenefits」の元CEO、Parker Conradが設立
  • 2022年時点で6.97億ドル(約906億円)を調達
  • 評価額は112.5億ドル(約1.4兆円)に達する
 
2018年創業で評価額112億ドル超「Rippling」従業員データの一元化へ - strainer
2018年創業で評価額112億ドル超「Rippling」従業員データの一元化へ - strainer
 

Ripplingの戦略

シリーズA調達時のメモでRipplingの戦略は3つのパートから構成されると言及している。
 
  1. 従業員データの記録システムになれば、本当に成功するビジネスを構築できる
  1. オンボーディングソフトウェアは、従業員データを記録するシステムとなれる
  1. オンボーディングで勝つためには、特定の部門や機能分野毎のソフトではいけない
 
以下は原文
Our strategy, in a nutshell, has 3 parts: Part I: If you can be the system of record for employee data, you can build a really successful business.
Part II - Onboarding Software makes you the system of record for employee data.
Part III - To win at employee onboarding, you can’t be monogamous to any single department or functional area.
 

Ripplingの前提となる事業仮説

1つ目の「従業員データの記録システムになれば、本当に成功するビジネスを構築できる」という戦略は、Ripplingというスタートアップが勝利するための事業仮説を表していると考えています。
 
データのサイロ化が企業のデータ活用を妨げる要因として言及されますが、従業員データもまさにそのような状態にあると指摘しています。メモの中では、以下のように言及されています。(DeepLで翻訳後微修正)
ほとんどの企業は、従業員のリストを保持する数十のシステムを持っていますが、ほとんどの場合、これらのシステムは、これらの従業員が誰であるかについて、互いに、または中央のシステムとやりとりをすることはありません。
~~
従業員に何か変更があった場合、これらのシステムの多く(場合によっては全て)を更新する必要がありますし、中央の権威を指さないため、それぞれを別々に、手作業で更新する必要があります
私たちは、このように断片化した従業員データを会社のすべての業務システムで管理する努力こそが、会社経営におけるほとんどすべての管理業務の根本原因であると密かに考えています。
そこで、社員データの管理は、すべての業務システムの下に位置する単一システムであるべきです。企業や従業員はこの1つの場所に来て、この1つのシステムで従業員に変更を加えることができ、そのシステムは他のすべてのビジネスシステムへの伝搬を処理することができるのです。
それがRipplingであり、私たちの仕事です。 Rippling Memo
 
上記が、Ripplingの事業背景であり、逆に言えば「完全に信頼できる単独の従業員データ記録システム」になることさえできれば、従業員データにアクセスする必要のある他のビジネスで利用可能なプラットフォームパワーを持つことができるというのが、パート1の戦略です。
 
ただし、メモの中でも「完全に信頼できる単独の従業員データ記録システム」の価値はRipplingの戦略の中でも最もユニーク性が低く、議論の余地も少ないと述べられています。
 
では、如何にして従業員データの記録システムとして「勝利」すればいいのか?
 
これがパート2の戦略に繋がっていきます。
 

オンボーディング業務こそが、肝である

Ripplingは、オンボーディングソフトウェアに独特のこだわりを持っているとメモでは言及されています。
 
競合他社にとって、従業員の入社支援ツールは「便利な機能」であるが、Ripplingにとっては、オンボーディングソフトウェア「だけ」が重要であるとしています。
 
採用・入社フローが、新入社員のオブジェクトを構築する方法であり、Ripplingはこの従業員レコードを構成する各属性をデータベースに記録し、下流業務システムすべてに供給を行います。つまり、この社員データの取り込みポイントこそが、すべてのプロセスにおいて上流に位置しており、他のすべてのシステムは、その会社の従業員情報をRipplingに記録されたデータから取得しているので、事実上の真実のソースになります
 
要は、戦略パート1の「従業員データの記録システムになれば、本当に成功するビジネスを構築できる」で述べられる「従業員データの記録システム」は、オンボーディングソフトウェアによって作られるということです。そのため、Ripplingはオンボーディングソフトウェアに独特なこだわりを持っているということです。
 
しかし、少し考えてみれば、これは当たり前のことなのではないか?と思い当たります。実際に、メモの中でも、Ripplingのこの戦略が成功すれば、競合も同じ用にオンボーディングソフトウェアに力を入れてくるであろうと述べています。
 
では、競合と比較して、どうやって優れたオンボーディングソフトウェアとして勝てるのか?
 
これがパート3の戦略へ繋がります。

なぜ、「コンパウンドスタートアップ」なのか

戦略のパート3「オンボーディングで勝つためには、特定の部門や機能分野毎のソフトではいけない」という部分こそが、Ripplingにとっての「コンパウンドスタートアップ」としての肝であると私は感じました。
 
多くの企業では、新しい従業員を雇用する際に必要なタスクのチェックリストを保持しています。例えば、AcompanyだとNotionで管理されているリストが存在します。
 
Ripplingでは、オンボーディングで勝つためには、「新入社員のチェックリストを誰よりも多く自動化する必要がある」という仮説に基づいて戦略が組み立てられています。
 
オンボーディングのタスクは、さまざまな部門にまたがって発生しており、メモの中で経験的には、人事関連が30%、IT関連が40%、そして、財務、法務、設備関連タスクも新入社員毎にタスクが発生していると言及されています。
 
ここで、従来の部門や機能分野毎に特化したソフトウェアの場合だと、人事関連の30%はカバーできるが残り70%は対象ユーザーではないので、カバーしきれないという状況が発生します。
 
これらを解決するためのRipplingの解決策が、「従業員単位で発生するイベントを中心に製品を展開する」という方法です。つまり、就職、転職、転居、昇進、退職などのイベントで発生する影響をカバーしていくということです。
 
これが従来の部門や機能領域毎にサービスを展開するソフトウェアとの大きな違いです。
 
ただし、このやり方は当然のことながら異なる部門や機能領域、そしてその周辺にあるサードパーティのシステムをすべて手掛けていく必要があるということでもありますので、当然ながら開発のためのコストがかかります。
 
実際にRipplingがシリーズAの調達時には、下記3つの異なるソフトウェアカテゴリーのハイブリッドであると説明されています。
  • 給料計算、福利厚生、HRISのオールインワンシステム
  • Okta、OneLogin、OnePasswordのような「ID」/「SSO」/「Password」管理システム
  • Windows PCのJAMFなどに相当するエンドポイントデバイス管理システム
 
メモによると、Ripplingのようなものを作ることは、決して安いものではないと言及されています。MVPを達成するまでに、Zenefits、Gusto、Namelyといった企業が数千万ドルかけて構築したシステムの再構築や、Okta、OnePassword、JAMFなどのバージョンも一緒に構築しなければならなかったと述べられています。こう読むと、とんでもない話だなと思います…。
 
一方、この戦略はコストがかかりますが競合優位性があります。それは、競合他社に比べRipplingが広く顧客の課題解決ができるという点です。言い換えると、競合他社はより狭い範囲で自社のことを考え、自分たちの泳ぐレーンにとどまっています。これは、企業文化やミッションステートメント、キャッチフレーズに反映されているとメモでは言及されています。
 
個人的には、このRipplingの戦略の捉え方の肝は、顧客の課題を「個人」ではなく「企業」視点で捉えている点だなと感じました。「個人」へのフォーカスに比べ、複雑性が高まりますが、そこは流石のスーパー連続起業家Parker Conrad氏が率いているRippling、メモの中でも月次の平均成長率は20%を超え、直近4ヶ月では25%、直近1ヶ月では29%と加速度的に成長率が高まっているとのことでした。月次20%でも年間で約9倍成長。エグいですね…。
 
ARR GROWTH
ARR GROWTH
 

まとめ

  • 戦略の肝
    • 従業員データの記録システム」になれば、本当に成功するビジネスを構築できる
      • →「従業員データ」がRipplingがコンパウンドスタートアップとして起点にするデータ
  • 従業員データの記録システムの地位をどう作るか
    • オンボーディングソフトウェアを抑える
  • どうやって、オンボーディングソフトウェアとして勝つか
    • 特定の部門や機能分野毎のソフトではいけない
      • →なぜRipplingがコンパウンドスタートアップで戦うかの理由
  • メリット
    • 狭い領域にフォーカスする競合に比べ、広く顧客の課題を解決できる
  • デメリット
    • 初期のMVPを達成するために複数の競合と同等のソフトウェアを再構築する必要があり、コストがかかる
    • 事業の複雑性が高まる
  • デメリットを超え、メリットを享受することで、Ripplingは凄まじい成長(シリーズA調達時点で年間9倍以上の成長)を実現している
 
個人的にも、Ripplingのメモは非常に考え方の参考になりました。
ぜひ、お時間ある際に実際のメモを読んでみることをおすすめいたします。