page icon

技術に賭けるスタートアップの難しさ

 
秘密計算に賭けた2019年末から4年弱の期間が経ちました。
この期間で技術に賭けるスタートアップのメリットを強く感じてきました。一方で、それ以上に難しさも痛感しました。
 
特に、難しさは明瞭に認識できるというものではなく、気づかぬうちにハマっている類のものです。なので、同じように沼にハマっている人の気付きになればと思いこの記事を書いています。
 
ディープテック、研究開発型、〇〇テックと、技術に賭けるスタートアップの幅はそれなりに広いです。なので、今回の記事の対象としては、技術難易度が一定存在し、自社の一番の強みを技術と定義しているスタートアップを想定しています。
 

技術に賭けるスタートアップの難しさ

技術に賭けるスタートアップの難しさという観点では、研究開発コストがかかるとか、投資期間が長いなどの一般的によく言われる難しさも当然あります。
しかし、そういう観点は詳しく色々なところでまとめられているので、今回は実際の起業家視点で感じる難しさにフォーカスします。
 
今回は僕自身もハマった3つのポイントを取り上げます。
  1. 視野が狭くなる
  1. 技術のアイデンティティ化
  1. 辞めにくい
 
 

1. 視野が狭くなる

技術に賭けるスタートアップを開始する場合に、ありふれており世の中に広く使われている技術を選択するケースはほとんどないと思います。
まだ十分に実用化(技術的に確立されているかを問わず)されておらず、市場が拡大することで大きな可能性がある技術に賭けるでしょう。
つまり「スケールの壁」ではなく「実用化の壁」の部分でリスクを取る選択です。(領域によっては研究開発の壁のケースもある)
 
実用化にチャレンジする場合には、特定の技術や科学的な問題に深く焦点を当てていくことになります。
チームも関連する専門知識や技術を持っているメンバーで固められやすく、同質化しやすくなります。閉じた組織の中で同質化することで、自社が取り組む技術や研究成果に固執し、市場のニーズとの乖離から目を逸らしやすくなります。
 
Acompanyも一年半ほどの期間、この状態にハマっていたなと思います。チームはコンピューターサイエンス出身メンバーばかりに同質化していましたし、技術の問題ばかりフォーカスをしていました。

2. 技術のアイデンティティ化

何者でもない初期の会社だと、自分たちが他社と比べて優位性を持っているポイントはほとんどない、もしくは客観的に言語化されていない状態です。
 
そんな状況でもスタートアップをやっていると、
「あなたの会社の強みはなんですか?」
「◯◯との違いはなんですか?」
「なぜ、あなた達の会社が勝てるんですか?」
といった質問を浴びるように投げかけられます。
 
技術起点からビジネスを形にすることは、本当に難しいです。難しい故に、厳しく「差別化」について問われるうちに、段々と会社の強みが「技術」に寄っていきます。
 
厄介なことに「技術」は時間を掛けることで高めやすく、専門的な内容であればあるほど一般の人と知識のギャップを作ることができます。時間が経てば立つほど、どんどん自分たちが強みが尖っていくように感じてしまいます。しかし、私達は研究者ではなく、スタートアップ起業家です。「事業」ではなく、「技術」がアイデンティティ化することは良くない兆候です。

3. 辞めにくい

最後の一つは、事業撤退の難しさです。
技術に賭ける、特に研究開発型のスタートアップでは、初期の研究開発コストが高くなりやすいです。技術開発に人を張らないといけないですし、プロダクトの開発自体も難易度が高く、時間がかかる(=お金がかかる)。
ゆえに、サンクコスト効果が働くので事業を捨てる意思決定ハードルが高まります。大学の研究室発などの会社だと、事業を撤退してピボットをする意思決定はより難しいと思います。
 

Acompanyは乗り越えたのか?

Acompanyは、それなりに時間を掛けながら乗り越えてきました。
 
「1. 視野が狭くなる」は、前述のように1年半くらいハマっていました。2020年末あたりから何となく個人情報の領域がキーになりそうに感じ、2021年3月に法律の専門家を採用したことで、大きく視界が拓けていきました。2021年6月のプレAの資金調達資料を公開しているのですが、こちらでも秘密計算だけでなく、個人情報の取扱いに言及をし始めていました。
 
「2. 技術のアイデンティティ化」は、もう少し長くハマり続けていました。踏ん切りが着いたのが、2022年3月にYCにチャレンジしたタイミングでした。
YCに応募するときに、なぜ顧客が欲しがるアイデアなのかをひたすらブラッシュアップをしていたとき、秘密計算”単体”には全然価値がないということに気が付きました。至極当たり前なのですが、魅力的なユースケースとセットでなければ素晴らしく見える技術も価値はありません。このタイミングから、魅力的なユースケースを優先して事業の組み立てができるようになりました。残念ながらYCに採択には至りませんでしたが、とても重要な意識の転換点となりました。
 
「3. 辞めにくい」は、上記と同じタイミングでした。僕たちの場合は完全に辞めたというわけではないですが、秘密計算にこだわらないという意思決定はそれなりに重たい意思決定でした。踏ん切りを付けてこのタイミングで「秘密計算スタートアップを辞めます」という記事も公開しました。
 
これ以降、秘密計算にフォーカスすることを辞めて、「個人情報の安全な利活用」にフォーカスして技術開発体制も変化していきました。結果は、間違いなく意思決定してよかったです。
 
Acompanyは3つのポイントを乗り越えるのに、結局2年半の時間を費やしました。

最後に

4年弱を振り返り、技術に賭けるスタートアップとしてハマったポイントについて書きました。こうやって文章にすると、さも当たり前に感じることも実際にやってみると数年を溶かしてやっとたどり着きました。本当に経営は「言うは易く行うは難し」だなと思います。
 
ビッグデータ処理技術(Hadoop)に賭けたところから、顧客のニーズを汲み取りCDP(顧客データプラットフォーム)へ発展*したトレジャーデータのようにAcompanyを大きく発展させていきたいと思います。
 
*2018年に約660億でアームに買収後、2021年にソフトバンクなどから267億を調達