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20代の振り返り、地方大学生からスタートアップ起業家へ

この記事を書いているのは、2023年12月10日。早いもので2023年ももうすぐ終わりですね。今年は僕が30歳になった年でもあります。
 
先日、ご縁あってCO-Doというプログラムで20代をどのように過ごしてきたかの振り返りを話させていただきました。登壇資料はこちらで公開しています。今回はその時話した内容をベースに20代の振り返りを書いていきます。
 
この記事では体系立てて学びを整理するという感じではなく、時系列を辿りながら「変化のリアルはこんな感じでした」という内容です。
 
 

ただの地方学生から、今に至るまで

20歳の大学時代から今に至るまでに大きく2パートに分けられます。起業するまでの5年間と起業してからの5年間です。
 

20歳から起業までの5年

大学時代の僕は恥ずかしながら、典型的なダメ学生でした。
特に大学2-3年の頃はひどい状況で、午前中の授業はほとんど欠席したり、3限(13:00から)の授業に寝坊して、単位を落とす。バイトで稼いだお金を大半ソシャゲ(パズドラ)に課金。
そんな状態だったところから、大学3年生の春休みをきっかけに大きく変化していきます。
 

根拠なき自信が身についた旅

転機になったのは、友人の誘いで行ったヒッチハイクです。
高校時代から仲の良かった変わり者の友人からヒッチハイクが面白い!とオススメされ、お金はないが旅はしたいなと思ったので春休みに名古屋から西日本方面へヒッチハイク旅に出ました。
 
一ヶ月弱の期間を野宿しながら下道で旅しました。名古屋から出発し、三重、和歌山、フェリーで四国(徳島)を周り、しまなみ海道で広島、京都方面から名古屋に戻るというルートでした。(この旅を通じて、和歌山が意外とデカいということを知りました)
 
3月の野宿はめちゃくちゃ寒く、凍えながらなんとか過ごしましたが、この季節の野宿はまじでおすすめしません。たまに、乗せてくれた方が泊めてくれることがあり、壁と屋根があるというのは本当に偉大だなと感動していました。
 
ヒッチハイク旅を通じて、意外と死なずになんとかなるんだなという根拠なき自信を付けました。
 
それまではダメ学生だったとはいえ、レールから外れると終わりという感覚は持っていました。僕の周りの同級生や先輩と話していると、それなりにいい会社に就職しないとやばいよね、という空気感がありました。
 
しかし、ヒッチハイク旅を通じて無敵なマインドになった僕は意外と何とでもなるなら、やりたいことをやろうと、マインドチェンジが起きました。
 

ビジネスに挑戦する

 
とはいえ、自分がやりたいこととは?という状態だったので、それを見つけるところから始まりました。が、それほど時間もかけずに自分でビジネスをやりたいという結論に達しました。
 
昔から自分でビジネスをやるということに関心がありました。
周りがプロ野球選手になりたいというような感覚で僕は社長に漠然と憧れをもっていました。(記憶は定かではないですが、多分テレビ番組の影響)
最近出てきた小学3年生の頃の将来の夢で社長になると書いていました。(母親いわく、幼稚園の将来の夢の時点で社長だったそう)
↑小学3年生時の将来の夢
↑小学3年生時の将来の夢
しかし、実際に何をやればいいかは全くわかっていないまま小中高と過ごし、大学生になる頃には周り影響を受けながら、ほどほどにいい会社に就職するという価値観になっていました。
 
そんな背景もあり、改めて自分は何をやりたいんだっけ?と考えた結果、自分でビジネスをやりたいという結論に至りました。
 
決めるまでは良かったのですが、当時の名古屋では自分でビジネスをやるということは全く普通でなく、何をすればいいかの情報も一切ありませんでした。数年後に話題になるフリーランスという概念も当時は一切聞くこともなく、バイト以外でお金を稼ぐなんて、本当にできるのか?という状態でした。
 
 
手探りながらやれることを考えて、大きく下記2つのアクションを開始しました。
  1. 友人と塾を作るプロジェクト
      • 思いつくビジネスはこれしかなかった
      • 名大生というラベルが活かせそうだと思った
  1. 企業のWEBサイトの受託
      • 中学時代にポケモンのチームを運営していた頃に、WEBサイトを作っていたことを思い出し、仕事をもらえないかと考えた
 
結果、1. の塾は立ち上げらずに消滅し、2. のWEBサイトの受託がメインとなっていきました。
 
 
大学4年生の夏頃から業務委託としてWEBサイトや社内システム開発からイベント運営、家庭教師などと幅広く活動をしていました。元々学業に力が入っていたわけではなかったことも相まって、より大学には行かなくなって留年しました。
 
最初の1年くらいは自分でビジネスをすることがとても楽しかったです。しかし、段々とスキルの切り売り感を強く感じるようになって、このままでいいのか?と悩み始めました。始めの頃は新しい挑戦ばかりで、なんとか学びながら仕事をしていたのですが、徐々にできることばかりやっているような感覚が強まりました。
 
この頃から個人ではなく会社として事業を作る、起業を改めて意識するようになりました。これが2017年のはじめ頃で、23歳でした。
 

起業を志す

起業に向けて準備を動き始めた頃に、名古屋大学のアントレプレナープロジェクトであるTongaliの第一回のビジコンを見つけました。とりあえず参加してみようと思い、ビジネスを始めようとしていた頃のアイデアを掘り起こして、勉強ノウハウを教える塾のアイデアで申し込みました。
 
Tongaliの初回ビジコンということもあり、応募も少なかった(?)のか無事出場できることになり、初めてのビジコンに参加しました。結果、当然のように受賞することはできなかったのですが、ここで初めてベンチャーやスタートアップという概念を知ることになりました。
 
自分たちもベンチャーを起業したい!という思いを強くしていきます。自分たちにできる事業は何か?と考えて、2017年の夏に選んだのが「家庭教師マッチングサービス」でした。
 
下記のような家庭教師マッチングサービスの事業を作ることにしました。
🌱
家庭教師マッチングサービス概要
ターゲット:
①能力を活かして働きたい名大生
②子供にあった家庭教師を探したい親
ペインポイント:
①能力を活かす働き先がほとんどなく、安い給料でバイトをしないといけない。学力を活かす働き方を検討しても、直接契約の家庭教師機会はほとんどない。家庭教師の仲介会社に多額の手数料(50%)を取られる、塾バイトは実質時給が低い。
②子供にあった家庭教師の先生を簡単に見つけられる場所がない。
提供価値:
正当な対価で、望みに合う先生を見つけられるプラットフォーム
機能:
最低時給2500円で任意に時給設定が可能、勉強方法や教える上での工夫を可視化、直接契約可能
 
アイデアを決めてから夏休みだったこともあり、ウェブサービスをRubyで自作し始めました。自分で開発したり、チームでどう進めていくべきかを議論する時間がとても楽しく、その勢いのまま休学し、フルコミットでこのプロジェクトに取り組むことに。
 
 
家庭教師マッチングサービスの「SEKA TEA」は、2017年12月中旬に事前登録を開始しました。募集開始から数週間で500人を超える名大生に登録してもらいました。そして、約3ヶ月後の2月にリリースを行いました。
 
まだサービスもスタートしたばかりだったのですが、その勢いのまま3月には法人化することを決めました。お金もないのでチーム自力で法人登記の手続きを行いました。(色々カオスな状況で大変でした、、、みんなはFreeeとか使いましょう)結果、25歳の誕生日から約1ヶ月後の2018年6月に無事登記完了して株式会社Acompanyが誕生しました。
 

起業してからの5年

 

家庭教師サービスを早々に撤退

家庭教師サービス撤退については、色々な葛藤があったのですが一番は、自分の人生の10年をこの事業にかけられるか?と自問自答する中で、難しいだろうなと思ったことです。その後に、10年かけても後悔しない事業で、世の中に大きな価値を生み出せることをやりたいと考えて、ブロックチェーン領域にピボットを実行します。
 
約1年ほどブロックチェーン領域で暗中模索を経て、2019年末に2度目の大きなピボットとして大きなチャンスを見出した秘密計算領域へ軸足を移していきました。
 
家庭教師サービスからブロックチェーン領域での暗中模索については「Acompanyのアカン期(暗中模索時代)の話をしようと思う」で詳しく紹介しているので、今回は割愛します。気になる方はぜひこちらも合わせて読んでください。
 

専門性、強みゼロからの秘密計算スタートアップへの挑戦

まず簡単に秘密計算とは何かと補足しておきます。秘密計算とはデータを暗号化などで秘匿化したままデータ分析を行える技術のことです。
 
最近は日経新聞などでも度々取り上げられる秘密計算ですが、2019年頃ではほとんど一般には知られていない技術でした。日本語の情報はほぼ存在せず、情報源は基本的に論文のみでした。
 
Acompanyがピボットを決めたときは秘密計算を用いたサービス開発を検討していたのですが、開発を進めようと要件を考えていくと、実用的なオープンソースソフトウェア(OSS)がないことが明らかになっていきました。研究用途でのOSSなどは当然あるのですが、ビジネスで使おうとすると現実的ではないアーキテクチャーを強いられるなどの課題がありました。
 
3ヶ月ほど様々なOSSを試し、カスタマイズなどに挑戦したのですが、もはや自分たちで作ってしまったほうがいいと結論付け、2020年3月にゼロから秘密計算エンジンの開発に踏み切ることにしました。
 
意思決定したとはいえ、秘密計算エンジンの開発は非常に難解です。Acompanyが着目したMPCという方式の秘密計算は分散アーキテクチャーを前提とし、暗号や通信、数学的なアルゴリズムの専門性を求められます。少し毛色が異なりますが、ブロックチェーンの独自プロトコルをゼロから作るようなチャレンジです。現時点でも独自のMPC秘密計算エンジンを提供するのは国内でAcompanyとNTTの2社のみです。
 
Acompanyには秘密計算の専門家は誰ひとりいませんでした。なので、まずは仲の良かった名大の後輩経由で名古屋大学の情報学部の成績上位者達に声をかけて、何名かインターン生としてジョインしてもらいました。そのチームで文献の輪読会で理解を深めるところから始まりました。(このときのメンバー達は本当に優秀で研究領域やメガベンチャーなど様々な領域で今も活躍しています)
 
また、明らかに研究開発が必要ということで、このタイミングで最初の資金調達も行いました。
 
このときは資金は必要だけど、資金調達なんもわからんという状態でした。先輩起業家の紹介や大学のイベントなどを通じて、結果的に10社くらいのベンチャーキャピタル(VC)と話して、出資してくれる投資家を見つけました。
振り返ると複数の意味で運が良かったと思います。投資してくれるVCが見つかったこと、投資家に詳しくないが結果的に良い投資家に投資してもらえたこと。今同じよう状況で資金調達するならば、もう少し多くのVC(20-30社くらい)に会った上でコミュニケーションや評判含めて問題ない投資家かを判断できるようにすると思います。
 
 
 

秘密計算スタートアップとしてのポジションを確立したが…

秘密計算エンジンの開発開始から約半年後の2020年10月にα版として秘密計算エンジン「QuickMPC」をリリースしました。
↓「QuickMPC」は現在OSSとして公開しています
 
ビジネス化という面では、何社かとのPoCも実施していきました。博報堂グループのDACとの実証実験の成功についてもリリース発表。
 
その後、2021年6月にはPreシリーズAラウンドで2億円の資金調達完了。10月には7000万円の国の補助金に採択されました。
 
↓興味がある人向けにはPreA時の資料公開しています
 
Acompanyの秘密計算領域での取り組みが一定評価され、東洋経済のすごいベンチャー100やForbes 30 Under 30 JAPANなどに選出されました。また2022年には30U30のアジア版でも、NTTに次いで秘密計算を提供できることが評価され選出されました。
 
このように秘密計算スタートアップとしては一定のポジション確立していましたが、実態のビジネス面では技術だけでは大きなビジネスにはできないという現実に直面していました。
 
「秘密計算使いませんか?」と100社以上営業するも、なかなか顧客ニーズに答えることができない日々でした。
 
顧客が秘密計算に関心を持つ大抵の場合、パーソナルデータ活用で使えないかというものでした。パーソナルデータ(個人情報)は法律で守られるため、法律上の整理がどうなっているかが主要な論点となりました。しかし、法律については詳しいわけではなく、結局ビジネス化できないというループに入っていました。
 
これは真正面から解決しないことには前に進めないと思い、法律を専門にするメンバーにジョインしてもらった上で、規制当局に秘密計算と法律の解釈について照会をかけながら理解を深めていきました。
 
 

3回目の大きなピボット

このときに得た法律と技術についての知見と顧客のニーズを踏まえて、2022年4月に”秘密計算”軸から”パーソナルデータを安全に使えるようにする”という会社へと軸足を変える意思決定を行いました。ここで、秘密計算の会社からプライバシーテックの会社となりました。
 
結果的に、この意思決定は大正解でした。
 
ピボット後、2022年から2023年でAcompanyは大きく成長しました。博報堂DYホールディングスやKDDIグループのctcと業務提携を発表したり、従業員数も倍増、売上も5.4倍に増加し、シリーズAでは7.8億円の資金調達も完了しました。秘密計算軸から変化していなければ、間違いなくこの成長は実現できていなかったと思います。
 
 
そして今年の5月に30歳を迎えて、20代を終えました。
 
Acompanyは20代最後の1年で大きく成長しましたが、目指す目標からするとまだまだ1%にも満たないと思っているので、30代ではさらに成長を加速させていきます。

最後に

こう振り返って改めて思うことは、裏技的な要素はほとんどなく、目の前の問題から目を逸らさずに問題解決のための行動を愚直に続けてきたことで、今に至るなと。30代も気を引き締めて、大きな成果をしっかりと形にする10年としていきたいと思います。
 
 

おまけ

登壇時には挑戦を実現するために意識していることを3つ紹介しているので、気になる方はぜひ資料をご覧ください。

1. チャンスのある場所を選ぶ

2. Why youにこだわらない

3. 価値基準が共通し、自分よりも優秀な仲間を集める